ことないわ。」
「見馴れない若い女の方が、付添っていらっしゃいましたね。」
「今度来た家庭教師よ。」
「勝気そうな、美しい人じゃありませんか。」
「おや、そんなことまで、いつ見たの。」
「チラと見たばかりですけれど。」
「ああいう人、私すかないの。ちょっと、乙にすましている女。だから、私思いきり、いろいろな用をさせようと思っているの。私は、一般に同性は、嫌いなのね。同性を見ていると、何だかいらいらして来る性分なんだわ。」
その美貌と才能とに、あまりに自信を持ちすぎる高慢な婦人の通弊だと思いながら、青年はだまって、夫人の顔を見つめていた。
三
青年はシガレット・ケースを開けると、夫人に勧めた。
「何?」
「キャメル……」
「ごめんなさい。私、これしか吸えないの。」と、いって夫人は、自分の赤革のケースから、スリー・キャッスルの細巻を出して、青年がライターをつけてくれるのを待った。
「私、三、四日のうちに、伊香保へ行ってみたいんだけれど、貴君も行ってみない。」
「さあ! 貴女と二人で……ですか。」
「逸郎さん。貴君、前川を恐《こわ》がっているようね。」
露《あら》わ
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