で断ればいいじゃないの。貴君は、いつまでも子供ね。」
足下に、山々にかこまれた広い平原が見え出した。
健康な男性美に富んだ青年は、立ち止まって、大きい呼吸をして、
「いいなあ!」と歎じながら、
「なぜ、前川さんを無理にもお誘いしなかったんですか。」と訊いた。
二
夫人は、良人のことをいわれると気むずかしそうに、眉をひそめつつ、
「前川のことなんか、もう結構よ。私、二人の子供と、たった一人の男を相手に、もう十五年も暮して来たのよ。前川なんか、何の刺戟でもないわ。あの人は、英国流の温厚な紳士で、そして無精で、本ばかり読んでいて。」
「それでけっこうな旦那様じゃありませんか、貴女《あなた》の自由をちっとも束縛しない……」
「貴君は、なぜいやがらせばかりおっしゃるの。若い方は、そんなふうな物云いはしないものよ。」
夫人は、艶《なま》めかしくいうと、肩もすれすれに、青年に近よって、
「主人と一しょになんか来れば、この美しい景色が、台なしになってしまうわ。」そっと青年の肩に手を置いた。
「これ、りんどう[#「りんどう」に傍点]じゃないでしょうか。」彼は、突如、路傍の紫の
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