は、蒲団を伸べる気にもなれず、灯《あかり》を消したままで机の前に坐った。
 そして、準之助氏の指の下で、血の流れを伝えた自分の手首を珍しいような、恥かしいような気持で、しばらく見つめた後、自分でも脈を数えてみた。
 脈が早かったのは熱のせいではなく、準之助氏の思いがけない出現と自分に対する態度のせいであると思った。
 そして、準之助氏があれ以上、自分に親しみを見せるようであったら、考えなければならぬと思った。
 そう思うと、たちまち美沢の若々しい面影が生々《なまなま》しく眼の中に浮んで来るのだった。
 四日目の朝になって、祥子の熱がようやく、七度台に下った。
 新子は、二晩はまるで、一睡もしなかった。祥子の病室に徹夜していると準之助氏が時々、容子を見に来た。そして、新子に引き取るように勧め、新子はこれをこばみ、その間に二人の感情や好意が、からみ合った。だが結局女中達よりも、新子の方が、夜通し付添っていた。その方が、祥子がよろこぶからだった。
 夫人は、祥子が病んでいても、午前は良人とゴルフに行き、夜は知合いの外人の別荘にダンス・パーティがあるといって出かけた。新子が祥子の看病をしている
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