替に、氷嚢をとり換えに行った。
 何時間経っただろう。女中は、台所の方へ行ったまま帰って来なかった。新子も、椅子の背にもたれて、わずかにまどろんだとき、部屋にはいった人の気勢《けはい》がしたので、ハッと眼を開けるとそれはパジャマを着た準之助氏であった。
 明け方近い病室に、なお止まっている新子を発見して、驚いて見つめている準之助氏の眼にいい知れぬ優しさが、漲《みなぎ》っているのを見ると、新子は名状しがたい恥かしさに、一時に頬をそめてしまった。

        四

 優しい準之助氏の眼は、たちまち親しく怒りつけるような眼つきに変って、新子を見ながら、抜足して病床に近づいて来て、
「あれから、ずーっとここにいらしったんですか。そんなことをしては駄目ですよ。それじゃ、貴女の身体がたまらない。第一、貴女の仕事でもないじゃありませんか。」と、好意に充ちた小言《こごと》だった。
 白々と明るくなった静かな空気の中に、スヤスヤと祥子の寝息が通っていた。
「大丈夫……」何か云いつづけようとしたけれど、声がかすれているので、新子は微笑で、まぎらしてしまった。
「大丈夫なものですか。もう五時過ぎていま
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