枕元の椅子に腰をかけていた。
「お風邪でございますか……」と、静かに新子が訊ねたのに対し、父が答えない先に、祥子がうるんだ眼を開けて、
「先生、祥子胸がくるしいの。さすって頂だい!」と、すぐ甘えかかった。
「ええ。どこが。」
「ここんとこ……」と、さも悩ましげに、掛ぶとんをおしのけて、左の胸を指した。
 新子は、そこへかるく手をやりながら、
「さっき、雨におぬれになったのがいけないのでしょうか。」と、準之助氏にいうと、準之助氏は新子の方をチラと、意味ありげに見て、
「原因は論じないことにしましょう。でないと、とんだ責任問題が起りますからね。」と、苦笑しながら、小声でいった。新子が、夫人を憚《はばか》る以上に良人はその妻を憚っているのだった。

        三

 準之助氏の言葉に、新子も肩をすくめながら、病児がともすれば熱のために、払いのけようとする蒲団を、そっと小さい胸の上にかけて、その下に手をさし入れて、
「こうして、さすって上げましょうね。」と、柔軟な小さい肉体をさすり始めた。
 祥子は、ウトウトし始めた。新子は、火のかたまりのように、ほてっている身体に驚きながら、こんなとき
前へ 次へ
全429ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング