に対しては、全然考えようともしないらしく、てんで話にならなかった。
こんな機会に、もっと真面目に、根本的に姉に話してみようかと新子が考え出したとき、階下から母親が高い声で、
「新子さん。ちょっと階下《した》へ来て下さいな。」と叫んだ。
「はい。」と、新子は返事をした。
一家中、何かにつけて、新子だった。いかなる場合でも、一番深く考えている者が苦労するように、母も姉も妹も、みんな新子に背負《おぶ》いかかっているのだった。
四
新子は、姉に自分達の生活について、何かいってやりたい気持を抑えて、階下へ降りてみると、上で気がつかない内にそこの玄関へ、父の存生《ぞんしょう》中から、出入りしている重松という日本橋の時計屋が来ていた。四、五年前までは、よく恰好な出物《でもの》があるといって、売り付けに来たのであるが、去年あたりからは、母が生活費のたしに、時々売り払う品物を買いに来るようになっていた。
茶道具のわきに、新子の見馴れない金《きん》の大きい指輪が、二つ置いてあった。
母は子供のように秘密主義で、子供にまでかくして、色んなものを持っていたのだが、この指輪も、母が
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