ともせず、太平無事の日々を過していた。殊に、圭子は文学好きで、去年あたりから新劇研究会のメンバーになると、家の暮し向きなどはおかまいなしで、いつも損をする公演の手伝いなどに、うき身をやつしているのだった。
 だから、新子が今年の初めから母を助けて家計を切り盛りし、月々|幾何《いくら》幾何と、定めておいても圭子も美和子も、ムダな浪費をする習慣がなかなか止まず、本好きの姉は、この頃|為替《かわせ》相場の関係でめっきり高くなった洋書を、買ったりするのである。
「二十三円五十銭、こまるわね。お母さまが、この頃愚痴っぽくなったのも、無理はないのよ。お姉さま、家に今お金いくらあると思っていらっしゃるの?」新子は、ビルを手にしながら、金銭というものの脅威が、しみじみ身に迫るのを覚えながらいった。
「おやおや、貴女まで愚痴っぽくなったのね。だって、これ二月《ふたつき》分よ、私もっと買いたい本があるのを辛抱しているんですもの。その代り、私着物なんか一枚だって買わないじゃないの?」もう、姉は少し中腹《ちゅうっぱら》らしかった。
 初めての愛児として、両親の全盛時代に、甘やかされて育った姉は、生活ということ
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