く外はなかった。
その上、姉妹の母が、生活に対しては、ひどく没常識であった。
三
父が死んだ後も、母は漫然として、何の新しい収入の当《あて》もないのに、家賃の高い麹町《こうじまち》の家に暮していた。姉の圭子は相不変《あいかわらず》女子大に通い、新子は津田英学塾に通っていた。
今年の初め、母が少し愚痴っぽくなったので、新子がおかしく思って、母に迫って家の経済状態を根掘り葉掘り問い質《ただ》してみると、父が勤めていた会社の株が五十ばかりのほかには、銀行預金が二千円とわずかしか残っていなかった。父の死後、そんなわずかな預金の中から、月々三百円に近い生活費を出していた母の出鱈目《でたらめ》さに驚いたが、今更どうすることも出来ず新子はあわてて、自分で学校を廃《や》めてしまい、母を勧めて、家賃の安いここ、四谷谷町の家へ越して来たのであるが、しかしそれは半年で駄目になる生命を、やっと一年に延ばしたというだけのことで、前途に横たわる生活の不安は、どう払いのけることも出来なかった。
しかし、それは新子だけの気持で、姉の圭子も妹の美和子も、家の生活の実際を知りもしなければ知ろう
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