と会いもしないくせに、分るもんですか。」
 圭子は、姉妹の中で一番美しいかもしれなかった。とにかく、完璧な美人タイプに列し得られる。白粉《おしろい》気がなく、癖のない潤沢な黒髪を、無造作に束ねているので、たいへん清楚《せいそ》な感じがした。
「話って、それぎり?」新子は、もう一度|訊《き》いた。
 姉は、ちょっと首を振って、
「ううん、これよ。」と、丸善のビルを新子に渡した。
 洋書が五冊、新子は内訳は見なかったが、合計は二十三円五十銭だった。
「お母さまにいうと、また長講一席よ。貴女から、話してほしいの。」
 新子は、しばらくの間だまってしまった。
 姉妹の父は、長い間、台湾のさる製糖会社の技師をして、相当な高給を食《は》んでいた。退職したときにも、数万円の手当を貰った。しかし、生活ぶりが、華手《はで》だったので、一昨年|脳溢血《のういっけつ》で死んだときは、金はいくらも残っていなかった。そして華手な生活ぶりと、金の事を気にしないルーズな性格とだけが遺族の上に遺されていた。今年の初め、あわてて家賃の安い現在の家に引越して来たのであるが、働く者のない家庭は窮乏の淵へ一歩一歩ズリ落ちて行
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