の方に向いて、
「ねえ、貴君《あなた》達だって、パパとママと四人ぎりの方がいいわねえ。ほかの人がいたら、窮屈でしょう。ねえ。」といった。小太郎と祥子とは、びっくりしたように、母の顔を見上げたが、ママの顔が、その優しい言葉に引きかえて、厳しいので、
「うん。」と、いってしまった。

        二

 あまりにも、部屋の有様が異なってしまって、新子は落着けなかったし、物悲しさがなかなか薄らがず、美沢に手紙を書いて、この間の手紙を早速取り消したいと思いながらも、それも何となくものうかった。
 十時過ぎ、風が出て、庭の樹立に、ゴウとすさまじい音を立てた。
 前庭に、突如自動車の警笛《サイレン》の音が聞える。不意のお客だろうか、階下が何かざわざわしている。そう思っていると三十分ばかりしてその自動車は帰り去った。
 間もなく、階下はしずかになったが、その静けさの中に、ほのかに氷を砕くらしい音が伝わって来る。新子は「おや!」と思いながら、耳をすました。
 ここの部屋からは、窓を明けると、闇に面するばかりで、何もうかがえなかったけれど、常の夜とは異なって、母屋の方が薄ら明るかった。
 新子が廊下
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