ひどく気の毒らしく、
「奥さまが、お食事は家族だけでなさりたいとのことで、今晩から貴女《あなた》は別に差しあげることになりました。」といいに来た。
(その方が、いい。その方が気楽だわ)と、思いながらも、新子はひどく淋しかった。

 家族達ばかりの食堂で、新子の姿が見えないのに、料理がどんどん運ばれるので、祥子が一番に心配して、
「南條先生は? 南條先生はどうしたの?」と、女中に二、三度訊いていたが夫人は相手にしなかった。準之助氏が、不審を起して、夫人に、
「どうしたの。南條さんは。」と、訊いた。
「今日から、別室で召し上って頂くことにしましたの。」
「なぜさ、こちらでは、一しょでもいいじゃないか、その方が賑やかで……」
「でも、家族と雇人とは、ハッキリ区別した方が、よろしいようですわ。」
「うん。そうか。」と、準之助氏は、素直にうなずきながら、
「しかし、今日は貴女が初めて来た晩だし、懇親の意味で、ここで一しょに食事をして頂いた方がよかったねえ。」と云うと、夫人はやさしく、しかし同時に嘲《あざけ》るような表情で、夫君の言葉を聴いていたが、ニコニコしながら、良人《おっと》には答えず、子供
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