近代短篇集」という書籍をさし出した。
[#改ページ]
不当な謝礼
一
新子は、しばらく夫人の傍で切られていない本の頁《ページ》を切っていた。
夫人は、新子が傍にいることなどは、すっかり忘れたように、スリー・キャッスルの細巻を吸いながら、綺麗なファッション・ブックを漫然とながめているのだった。
新子は、切り終った本を卓の上に、そっと置いて、
「これでよろしゅうございましょうか。」と、丁寧にいうと、
「はい。」と、夫人は、礼もいわず、ふり向きもしなかった。叱言《こごと》をいった上に、人を使ってと思うと、新子は少し苛々《いらいら》して部屋を出た。
夫人は高飛車にかまえていながら、人使いは巧みな女性らしい。この分だったら、明日から、どんな風に使い廻されるかわからない、と新子は一方の肩をすくめて考えた。
六時になった。軌道の上を走っているように正確な、この家の生活は、六時になれば食堂に集まって夕食なのである。
今宵から、夫人の前で、かしこまって、子供達とも笑い興ずることも出来ずに、ご飯をたべるのかと、新子が考えている矢先に、先刻の女中が上って来て、また
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