言《こごと》があるに違いないと思うと、女学校時代にやかましいオールド・ミスの先生に呼び出された時のように、丁寧に会釈すると、何かいわれるまでは、立っていた。
「どうぞ、おかけ下さい。」と、夫人は身近い椅子を指ざした。新子は、卑屈にならない程度で、愛想ふかく、ほほ笑みながら、腰をおろして落着くと、
「子供と一しょに来ないで、いろいろご迷惑でしたでしょう。主人から伺いましたけれども、子供の勉強を見て下さる時間割は、たいへんけっこうだと思います。でも、貴女が子供達を遊ばして下さるのは、ご親切ですけれども、あまり馴々《なれなれ》しくさせないで頂きたいと思いますの。家庭教師は、女中ではありませんから。先生としての恐《こわ》さを無くしてしまうと、いろいろ弊害が多いと思いますから……そのおつもりで……」と、夫人は何か小さい卓上演説《テーブルスピーチ》でもするように、ハッキリというとだまってしまった。主人と散歩してはいけないなどいうような注意は、夫人自身の尊厳を害するとみえて、おくびに出さず、顧みて他をいったというような注意だった。
 しかし、それも何かしら無理な注意で、
「はア。」と、新子は、憤りと
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