方を見たとき、相手の眼が、あまりにも自分の方を、親しげに見つめているので、更に心の平静を乱された。
二
晴れた日と澄んだ夜と、高原の夏は、人の身体から、汚ないものを吸い取ってしまうような気がした。
翌日は、二時の復習が了《おわ》ると、子供達は父と散歩かたがたアメリカン・ベイカリへ行く嬉しさで、無遠慮になっていた。
「先生のお洒落《しゃれ》! パパは、もうお支度が出来ているのに……」小太郎は、新子の部屋の扉を開けて、足踏みをしながら叫んだ。
新子が、パラソルの中に、祥子を入れて玄関を出た時には、小太郎とその父は、白樺の繁みで手を振っていた。
ニュウグランド・ホテルの前を通って、陽の眩《まば》ゆい草原の道を真直ぐに進みながら、小さい兄妹はえんじ[#「えんじ」に傍点]色にうれた野苺《のいちご》を見つけて、わざと草深い中を歩きながら両手にあまるほど苺を摘んだ。
「こんなの、甘いよ。」と妹に云いながら、小太郎が、大きな紅玉を、唇に持って行きそうにすると、
「およし。チブスになるぞ!」と、父は急に乱暴に、厳しい調子で叱った。小太郎は、いさぎよく赤い粒を、地面にバラバラと
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