のぼのと煙っていた。
 白樺の小径には、短い夏の夜を鳴き足りない虫の、かぼそい声がきかれた。
 ふと小径の曲り角で、新子は足音と影とを見て立ち止まった。
 それは、準之助氏であった。
 早くも今朝カミソリの刃を当てたらしいすがすがしい顎、麻の単衣《ひとえ》に、竹のステッキを持っていたが、新子を見ると、
「ああ、お早う。」と、呼びかけて、
「貴女は、お若いのに早起きですな。今朝だけですか、それとも習慣ですか。」
「今朝は、特別でございますけれども、家におりましても、朝は早い方でございます。」
「そうですか。じゃ、昨夜《ゆうべ》、申し上げた日課を改めましょうか。子供達も、休み中なるべく早起きの習慣をつけたいと思っていますから……」準之助氏は、新子をうながすように、小径を先に立って歩きながら、
「じゃ、朝食前に、小太郎に読み方と算術を教えて下さい。そして、十時に女の子の勉強を見て頂いて、午後二時にまた小太郎に、ほかの学課の復習をしてやって下さい。」
「かしこまりました。」と、新子は頭を下げた。
「今日から始めて頂きましょうか。」準之助氏は、昨夜《ゆうべ》と今朝と、新子と話をするごとに、よりふ
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