いう切り出しだった。何事にも高飛車に、上手《うわて》から出ようという態度が、二、三分間の電話の中でも、新子を不快にした。
二
生活への最初の出発、昔からいう初奉公の不安、それに難物の夫人、東京を離れた刹那《せつな》から、新子はやはりかるい物思いに沈んだ。
(あの夫人と衝突して、半月や一月でよすくらいなら、いっそ最初から行かない方が……)と、考えたりした。しかし、夫人が昨日の電話での物のいいぶりや態度でこちらを不愉快にさせながら、
(お礼は、五十円くらいは、さしあげられると思いますの)と云ったことは、彼女をよろこばした。一時は、夫人に対する不快を忘れさえした。
その上、新子は子供に好かれる性質《たち》であったし、彼女自身子供に愛着を感じ、子供と心から遊べる性質《たち》であった。
だから、前川家で、一夜晩餐を共にしただけで、もうすっかりお仲よしになり、帰りには彼女の肩につかまった小さい兄妹を考えると、彼女は頼もしくも思えたし、ある楽しみをも感じた。
高崎あたりから、うすぐもりの空となり、熊の平では、かしこの峰、ここの谷に、うす白い霧がまい下りて、ひんやりと浮世ば
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