なれのした風が、窓から出した頬を吹きわたるのだった。
(いいわ。奥さまが、我慢できなければ、他に就職の途を見つけるとして)と、唇にしみじみ山の気を吸いこむと、どうやら彼女の気持は明るくなったような気がした。
 軽井沢の駅には、小さい兄妹が、十六、七の女中につき添われて出迎えに来ていた。
 青い草をもてあそんでいた小太郎が、いちはやく彼女を見つけると、草の茎で窓をポンポンと叩いた。
 祥子《さちこ》は、
「先生、もっと、早い汽車でいらっしゃればいいのに、私とても待ちどおしかったのよ。」とおませな口を利きながら、すぐ新子の手にすがって来た。
 やや憂鬱であった新子の車中の顔は、子供達の歓迎で、のどかなきよらかな笑いでかがやかしくなった。
「路子叔母さまは、いらっしゃらないんですの?」と、新子は、子供達に訊いた。
「路子さんは、房州よ。三谷の伯父さまのところよ。」と祥子が答えた。
(お母さまは?)と、訊きたかったが、両親のことは、何かにつけ訊かない方がいいと思ってよした。
 待っていた自動車に乗った。
 湿った街道に、うす日がさし、まるで砂ぼこりのような霧が、サッサッと舞い上っていた。
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