しかけて来たよう――嬉しげな靴の音や、はしゃいだ下駄の音、午前十時何分かの登山列車は、ほとんど空席のないほど、混雑していた。
新子は、採用が定《きま》って、前川家の人達よりも、一日遅れて、軽井沢へ来るよう命ぜられた。
「羨ましいわ。これから東京は暑くなるのに、新子姉さまだけが別天地にいられるわけね。いいわねえ。」と、美和子がいうと、圭子までが、
「私も新子ちゃんみたいに、夏休み中だけでも、家庭教師をやればよかった。」と、新子が何か面白ずくで家庭教師になって、涼しい旅行が出来、うまくやっているというような顔をしていた。
「身体を気をつけてね。奥さまや、お子様達の気に入るように……」
車の外に止《とど》まっている母は、初めて家庭から離れる娘の上を、ただわけもなく不安がっていた。
「お姉さん、私一ペンだけは、遊びに行ってもいいでしょう。」姉の荷物を網棚に置きながら、美和子がいうと、
「ダメよ。」と、にべもない返事に、美和子はしょげた。
車の外の母が、
「軽井沢は寒いだろうから風邪を引かないように……」と、窓から首をさし入れて、念を押した。
圭子も美和子も、次々に乗って来る人達に押し出
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