方、ご一しょにいってあげましょうかって、……円タクを停めて下さったのよ。そして、靴下を買ってから、ジャーマン・ベイカリでお茶のご馳走になったの。あの方見かけよりは、ずーっとご親切ね。家へいらっしゃる時なんか、つーんとしていていやだったけれど、二人ぎりでお交際《つきあい》すると、とてもいいわ。気に入っちゃった。フレドリック・マーチの小型みたいで……」
新子は、背中一杯に針をさされるような気がした。
「お姉さま、聴いていらっしゃるの……」と、新子の沈黙をゆりうごかしてから、独り言のように、
「美沢さん、この頃、とても忙しいんですって――新協では、才能次第で、グングン月給が上るんですって……だから、美沢さんは夢中で勉強しているんだって、いっていたわ。明後日放送があるんですって、だから明日は八時までに練習所へ、顔を出さなきゃいけないんですって……練習所は、荏原《えばら》の方だから、早起きしなければいけないんですってね……」
美沢の噂《うわさ》をするのなら、せめて(お姉さんによろしくといっていたわ)とか、(お姉さんに会いたいといっていたわ)とか、あっていいはずである。美沢は、そんなこと、一言
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