四

 風のように、美和子が去ってしまうと、前川は、しばらく味気《あじき》なさそうに、煙草を吸いつづけた。
 世の常の良人《おっと》ならば、かかる場合には、たまりかねて、飛び出して来た自分の妻の心根にもかなり同情するのであろうが、同棲して以来、十幾年、常に夫人の高慢な意地の悪さに、悩まされる前川は、夫人の人格的な欠点を、洗いざらい見せられたように、眼の前が暗くなり、妻に対して、落莫たる味気なさを感ずるばかりであった。
 五分、十分、新子の来るのが、なぜか手間どった。新子が、どんなに、厭がっているだろうということが、分っているだけに、気が気でなかった。
 重ねて、何を註文する気にもなれず、卓の上の一輪ざしの、名も知らぬ西洋草花をじっと見ていた。
「お待たせ致しました。」
 ハッとして、顔を上げると、急いで化粧したらしく、乱れのないいつもの新子が、それでもやさしく微笑しながら立っていた。
「すみませんでした。」
 前川は、まじまじしながら、頭を下げてあやまった。
 新子は、唇のあたりに、ちょっと悲しい影を漂わせて、しかし眼は前川の気を、引き立てるように笑いながら、微《かす》かに
前へ 次へ
全429ページ中420ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング