ら、時に驚くほど高価なネクタイをかけていたり、趣味のいいステッキなどを持っていた。
貧乏でも、貧乏たらしくないところなど好きであったが、しかし結婚すべき良人《おっと》としての美沢を考えると、前途は遼遠としていた。
どちらかに、馬車馬のように猛進する情熱のない限り、金のないインテリ階級にとって、結婚難は現代の宿命の一つだった。
だから、二人とも結婚について語ったり、愛について語ったことはなかった。しかし、二人の間は美しいひもに結ばれているように遠慮のない交際ぶりから、ちょっといさかいをしても、一週間も経てば、元通りになり、しばらく手紙も書かず、会いもしないでも、常にお互に快く思い起していた。
だから、会わずにこのまま、軽井沢へ行ったところで、二人の間にどう影響するという間柄ではなかったが、でも新子は何となく物足りなかった。
電車から降りて三町ばかり、もう人通りの少くなった路次を通って行く、新子の心はさびしかった。
と、ハイヒールの靴音が、大またに自分を追うて来たかと思うと寝しずまった町並の家の安眠妨害になりはしないかと思われる大声で、
「あら、新子姉さんじゃないの。今頃、お帰
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