寝坊をすると、家の中は常に雑然としている。新子も、十二時近くに起きたのでは、朝食がひどく不味《まず》い。味気ない気持で、食卓で朝刊をひろげると、ラジオの昼間演芸が、今日は新協の放送である。新子は、時計を見上げながら、スイッチを入れた。ベートーヴェンの第五シンフォニイが、たちまち家中に、溢れ出した。
 美沢の家でも、よくレコードで聞いた馴染の曲だし、しかも渾然たる絃楽の、その中の一挺のヴァイオリンは、美沢の手で奏でられていると思うと、新子は、ジッと放心したように、聴き入っていた。
 十月の半ばで、美沢がこの頃になると、いつも神経衰弱になる季節だといって、厭がっていたのを思い出した。
(今年は、私を清算して美和子も、清算なすったようだから、かえって激しい生彩で、芸術に精進していらっしゃるだろうが、私は……)と、考えながら、新子は何か恥しさで、身内が熱くなった。
 大恩は謝せず――新子は今のようになってしまっては、前川に礼をいうことさえも、空々しいほど、世話になり過ぎ、新しい好意を辞退するのが可笑《おか》しいほど馴れてしまっている。酒場は成功して、一夜の売上げが少い時で、五十円、多ければ百円
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