憎みながらも、いじらしい媚態の内に自分に対する愛情を告白している新子を、前川は限りなくいとおしく思った。
「新子さん、美和子さんなんか、問題じゃないじゃありませんか。僕がどんなに貴女のことを思っているか……」
前川は、今まで抑えに抑えて来た激情が、一時に溢《あふ》れ出して、前後不覚になると立ち上って、壁によりかかっていた新子をしっかりと、自分の方へ抱《いだ》き寄せた。
[#改ページ]
夫人策動
一
十月になってから、いくらか日が詰まっているとはいえ、七時といえば、まだ夕暮の、そこはかとないあわただしさが漂っているのに、広い邸の中はしんとして、寂しいほど静かであった。
外出姿の綾子夫人は、三面鏡の前に腰かけて、粉を落さないように、もう一度近々と鏡に顔を寄せて、白粉をつけ直しながら、
「ツル。ツルや。」と、激しく隣室にいる女中を呼んだ。緊張した表情で、扉口にかしこまった女中へ、
「もう一度、会社へ電話して、何時頃お帰りになったか訊いてよ。」と、叱りつけるような口調で命じた。女中は、倉皇《そうこう》として下って行った。
知合いの医学博士の夫人が遊芸好き
前へ
次へ
全429ページ中333ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング