ったからである。
 美沢が苦しんでいたくらいは、自分も苦しんでいたのだ。と、急に泣けるくらい、悲しくなって来たのをこらえて、
「ごめんなさいまし……」と、云った。
「貴女は何を謝るんですか。」
 美沢は、駭《おどろ》かされたらしかった。美沢は、あやまってはもらいたくなかった。謝ってもらうかわりに、許してもらいたかった。
(そう。美和子のことなんか、どうせあんないたずらっ児相手のことですから、何とも思っていませんわ)と、云ってもらいたかった。
 しかし、新子の心に、前川の落している翳影《かげ》は、かなり大きかった。新子は、自分の心持を打ちあけ、お互に許し合って、三月前の二人に帰るべく、あまりに複雑した気持になってしまっていた。

        八

「貴女が謝ることはない。僕は、ちっとも貴女に謝ってもらおうと思って来たんじゃない……悪いのは、僕だもの。失策をした僕としては、勝手な云い草だけれど、僕に過ちがあるにしろ、貴女が一度も僕を詰《なじ》らずに、冷然としているんで、僕は何だか貴女が恨めしくなってしまったんだ。貴女とは、お互に随分好きだなんて、思っていたことが、全然僕の独り合点だった
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