んだと思った。すると、何から何まで厭になってしまって……」
 そう云いながらも、美沢は自分の云いたい気持が、ハッキリ掴めなくなったように……自分に対しても、新子に対しても、もの足りなさや、苛立《いらだ》たしさが、湧き返って来たように、綺麗な眉や眸を、高い鼻の上へ、きゅっと寄せてしまった。
 だが、美沢が何を求めているか、何のために苛立たしくなっているかは、新子にはよく分っていた。つまり、自分の愛である。どんな形式でもいいから変らざる愛を示す一つの言葉である。それが、分っていながら新子は、素直にそれを与えることが出来なかった。
 美和子のために、新子は美沢をあきらめてしまったはずであった。美和子と醜い争いをするのが嫌で、美沢を美和子に呉れてやったつもりでいた。しかし、もしそれならば、美沢が美和子との関係を告白し、それが感覚的な一時の過ちであったことを謝っている以上、……また美和子が、美沢に対して、ケロリとしてしまっている以上、美沢を許して、以前のような愛人関係に……いな雨降って地竪まるように、前よりももっと具体的な愛の誓いを交してもいいはずではないか。新子自身さえ、それがそうなるべきはず
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