い得なかったが、しかし自分の方が、美和子に刺戟されて、前川氏とこれ以上、深入りすることの方が、恐ろしかった……。

        五

 美沢へ手紙を出してしまうと、新子は美沢との気まずい会合を早く片づけたいと、返事が来るのが、気がかりだった。
 だが、返事は、その翌日も翌々日も来なかった。
 三日目に、新子が三時頃に、お店へ行って、お掃除をして、開店の準備をしていると、時計が四時を打ったばかりに、フラリとはいって来たお客があった。逆光線で初めはフリのお客かと思っていると、それが思いがけなく美沢であった。新子は、瞬間、ドギマギしたけれど、すぐ他意のない微笑をかれの眼に送った。しかし、美沢は眉の間に、筋を作って、少しも笑わなかった。
 ソファと椅子に、焦茶色の卓子《テーブル》をはさんで、二人の間にしばらくの間、沈黙がかぶさった。やっと、新子は、
「どっか、外へ参りましょうか。」と、云ったが、美沢は首をふるばかり……。新子は、わびしい気がしながらも、
「美和子のことなんでございますが……」と、話を切り出した。美沢は、味気《あじき》なさそうな眼を、ボンヤリ新子に向けた。新子は、その眼をなる
前へ 次へ
全429ページ中308ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング