りとめては、美沢を憎いとも思っていなかったし、恨んでもいなかった。再び、逢い戻りたい未練もない代りに、心の上で、背いたとか背かれたとかいうような、ハッキリした感情はなかった。こうした結果になったのは、自分の心の上にも、一本調子になれなかった責《せめ》があるし、美沢にも多少の責任はあるが、半分までは妹が悪いのだと思っていた。今では、美沢が妹を引き受けてくれて、良い良人《おっと》となってくれればいいと、願っていたし、当座には幾分でも、妹の行状を直してくれればと望んでいた。もっとも、ジッと眸をやる青空に、滲み拡がる美沢の面影の中には、再び手の届かぬ、貴く得がたい初恋の味が、あるにはあったけれど……。
 午後家を出て、ポストのある所へ来るまでに、(厭《いや》だな。美和子のことなんか、成行《なりゆき》にまかせて、美沢さんに会うことなんか、よそうかしら)と、新子はハンドバッグのパチンを開けて、手紙を破り捨てようとしたけれど……。
 しかし、今は前川の、愛情を底深く蔵した庇護《ひご》の下に、どうやら息づいている自分の生活を、これ以上美和子に掻き乱されたくなかった。美和子などにどうされる前川氏だとは思
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