った。それが、昨夜の内にまとまった、新子の思案である。
四
新子は、およそ二月ぶりで、美沢に手紙を書くとなると、無理矢理に押し込んだり、駆逐したりしていた感情が、一々新しい生命を吹き込まれたように、心の隅々に甦って来て、とても平静な気持で、美沢に呼びかけ、美和子のことを書き出すことが、出来にくかった。無意味な小唄の小曲を、幾回となくくり返して、口ずさみながら、自分の感情をまぎらしてから、やっと手紙を書き始めた。
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久しいご無沙汰、おゆるし遊ばせ。
ご存じのことと思いますが、私すっかり変りましたの。ただ今、銀座のバー・スワンという酒場で傭いマダムを致しておりますの。
突然ですが、妹のことで貴君《あなた》と一度お話ししたり、お願いしたいことがございますの。それで、近日中にお目にかかりたいのですが、ご都合おしらせ下さいませ。店の方は、四時からでございますから、それまでなら結構でございます。時間と場所は、そちらでお決め下さいませ。
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書いてしまうと、気の変らぬ内に封をして、ハンドバッグの中に入れてしまった。
新子は、と
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