を買うお金まで頂いたの。」と、宵に前川と別れてお店に帰って来たときから、気がついている、あまり気取りすぎて、美和子には、地味じゃないかと思われる鹿革《しかがわ》のヴァニティ・ケースを、とり上げて姉に見せた。
「お金で貰うなんて、下品ね。」
「いいじゃないの。美和子には美和子の考えがあるから、放っといてもらいたいわ。お姉さまは、姉だからと云って、私のすることに責任を持つことないじゃないの。私は、最初あの方とお店で知合いになったのよ。お客と女給としてだわ。あの方だって、私個人に興味を持って、親切にしていて下さるのかも分らないわ。」酔っぱらっている故《せい》もあろうが、姉を姉とも思わぬ不敵な妹に、新子は暗然となって、もう口が利けなくなった。
「お姉様ア。なぜ黙っていらっしゃるのオ。前川さん、これから毎日いらっしゃると云ったわ。あたし、これから甘えちゃうの。とても、いい人だもの。」

        三

 朝風には、もう秋のさわやかな冷気が、感じられた。簀戸《すど》のかなたに、冴々と青空が、広がっている。新しい生活の最初の馴れない疲労が、ズキズキと背中や後頭部にうずいていた。それに新子は、昨
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