男の癖にイ……」にわかに、しくしくと洟《はな》をすすり始めた。
 かと思うと、ニコニコ子供のように笑い出して、
「お姉様が、前川さんを好きなわけが、今日はとてもよく分ったわ。あんないい方ないわ。やっぱり、男は四十近い人がいいわね、こちらがどんなわがままをいったってフウワリ受けとってくれるんだもの、いいわ。あたし、お姉さまがつくづく羨しいわ。」
 新子は、まるで軌道のない星のように、どこの星座へでも、侵入して来る妹が、つくづく恐ろしくなった。

        二

 新子は、いくら肉親の妹だからと云って、許せないような気がして、自分の胸に落ちかかるようになって来る美和子の身体を、グイと押し返しながら、
「何を云っているの。私が、前川さんを好きだとか何とか、そんな卑しい想像はよして頂戴よ。私は前川さんと、ちゃんとお交際《つきあい》しているんですよ。そんな余計なことを云うのなら、もう絶対に、お店に来てもらいたくないわ。」と、色を易《か》えるばかりに烈しく云った。
 さすがに、美和子も少ししょげて、車が溜池から四谷見附へかかる間、だまっていたが、またケロリとして云った。
「わたし、もう美沢さ
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