座なんか、少しの間だって、独りで歩くの、間がぬけているわ。」前川は、仕方なく肯いて立ち上った。
松屋を出て、電車通りを横ぎり、そこの洋品店の前で、前川はショウウィンドーを見ながら待っていた。美和子は、十分もかかって、自分の好みのハンドバッグを撰み出すと、表で待っている前川のところへ来て、
「ねえ、ハンドバッグと靴とで、お姉さんと一しょに、七十円くらいまではいいでしょう?」
前川は、美和子らしい得手勝手な金額に微苦笑しなら、「どうぞ。」と云った。
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愛情と嫉妬
一
その夜は、特別上機嫌の美和子が、若い会社員風の五人連れの席に一人交じって、十二時近くまで唄を歌ったり、卓子《テーブル》と卓子《テーブル》とのわずかな隙で、ダンスをしたり、おしまいには、ハイボールのやり取りをはじめた。男達は、面白がって美和子にばかり飲ませるらしく、美和子はすっかり酔っぱらってしまい、前髪を切り下げている円顔は赤くなって、まるで可愛い金時のようであった。誰彼かまわず、しきりとからんで行く醜態に、新子はひきずるように、二階へ上げたが、しみじみこれでは困ると思った。
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