はないだろうか。自分は、新子の良人《おっと》にも愛人にも、成り切れないくせに、徒《いたず》らに新子の運命を狂わせているのではないかしら。そんなことを思うと、自分は今一層、新子を慰め、いたわる責任があるような気がした。
(あの演劇マニヤの圭子さんと、この恐るべき妹と、新子さんも大変だな)と、前川は考えながら、無邪気そうに、バナナを喰べている美和子を眺めていた。
「ねえ。サエグサへ、一しょに寄って下さる。」
 前川は、腕時計を見ながら、「もう、五時ですな。いかがです。貴女が一人で、ゆっくりお買物なすった方が、楽しくありませんか。僕、ご費用だけは差しあげておきますから。」
「ええ、それもそうですけれど……じゃ、こうして下さらない。――サエグサだけ、つき合って下さらない。サエグサから、私をローヤルまで、円タクで送って下さって、それから会社へいらしってもいいわ。」
 前川は、苦笑しながら、「サエグサは、すぐ前でしょう。」
「ええ、だって厭だわ。私、お姉さまのために、ここへ来て、もう頭なぞ、やってもらう暇がなくなったんですもの。それだのに、私の買物となると、おっぽり出されるなんていやだわ。それに銀
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