ん、とてもいらいらしてしまっているの。一しょにいても、ちっとも楽しくないの。だから、私お姉さまのところへ、毎日手伝いに行くのよ。」
「だって、貴女は好きなんでしょう、その人が。」前川は、新子にも関係のあることなので、もう一度改めて訊き直した。
「ええ、そりゃ……でも、私フラフラだから、自分でもとても困るわ。お姉さんのお店へ行っていると、何だかあんな仕事が、ほんとに自分の性に適《あ》っているような気がして、この頃、結婚なんかどうでもよくなってきちゃったのよ。」
 あんまり、物いいが率直で、かえって嘘か真実か、区別がつかないような美和子に、前川は思わず苦笑を浮べながら、胸の中は、前にいる美和子のことよりも、新子のことで一杯だった。
 新子に、つい最近まで愛人があったとして、それが今美和子と結婚しかかっているとしたら、前川はその結婚が滞りなく、早く纏《まと》まってほしかった。新子の周囲には、愛人らしいものの、翳影《かげ》も落ちていない方が、のぞましかった。こうして、新子の面倒を見ていて、いつかどうしようという野心は、神に誓ってないと前川は自分で思っている。また軽井沢で、自然の力と境遇の偶然性
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