の食堂へ行ったときは、その話はケロリと忘れたように、自分一人の食事を、怯《わる》びれもせず、註文して、紅茶一杯でつきあっている前川になぞ、一切気を使わず、プディングを頼んだり、果物を取ったりしているのであった。
 何本目かの煙草に、火を点《つ》けながら、前川は実感をそのままに、
「美和子さんなんかに、煩悶なんかありそうもないですがね。」というと、美和子は、子供のように、かんむり[#「かんむり」に傍点]を振って、
「大在《おおあ》りなの。そのね、結婚しようっていう人が、愛してくれるってところまで、まだ行っていないの。私に対して、ただ遊び相手みたいな気持しか持ってくれないんだもの。それが、癪《しゃく》なの。」
「だって、もう結婚することに、定《きま》っているんでしょう。」と、美和子の素直な告白に、微笑ましくなって、やさしく云うと、
「それが、とてもおかしいの。あんまり、その人と遊び過ぎてしまって、私お家へ帰らなかったの。それで、その人のママさんに、お家へことわりに行ってもらったの。するとそのママさんが、気を廻してしまって、お母さんや新子姉さんと、縁談なんか始めてしまったの。少し困っているの
前へ 次へ
全429ページ中294ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング