、デパートへなど来るはずはないが、しかし万々一ということもあるので、大いそぎで金を払うと、包んでくれるのを待ちかねながら、
「食堂は上へ行きましょうか。下へ行きましょうか。」と、美和子に訊いた。美和子は、何となく気落ちのした顔で、店員の手から、帯の包みを受け取りながら、
「下がいいわ。お姉さま、羨《うらやま》しいわ。」と、云った。

        七

 美和子が、姉を羨んで、しょんぼりしてしまったのを、慰めるため、エレヴェーターで降りながら、
「美和子さんの結婚のお祝いには、何か素晴らしいものを、プレゼントしますよ。」と、お世辞をいった。
「あら、お姉さま、お喋りだわ。そんなことまで、ご存じなの……。でも、まだ分んないの、どうなるか……。いま、ビフテキを喰べながら、お話しするわ。私、ちょっと煩悶してるところなの……」と、男の子のように、明るくいった。実のところ、前川の如き中年の男にとっては、美和子のような年頃の女の子の、いうこと為《な》すこと、一々が思案のほかであった。
 洒々《しゃあしゃあ》と、自分の結婚のことについて、馴染の浅い大人をつかまえて、底を割った話をするかと思うと、下
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