である反物を、一反ずつ見る気にもなれず、ウロウロしていて、顔見知りの番頭などに、つかまるのも厭だった。場内を一巡して、またエレヴェーターの前に戻って来て、美々《びび》しく飾られている帯地の陳列を眺めていると、美和子が、
「あれ、ハイカラな帯ね。お姉様には少し華美《はで》かもしれないけれど……」と、海老色の繻子《しゅす》に、草花の刺繍のしてある片側帯《かたがわおび》を指した。そこへ目をやりながら、前川は、その帯の隣にある古風な更紗を、巧みに近代風な図案にした袋帯を見つけて、これは新子に似合うと思った。
「その隣のは、どうです?」と、美和子に訊ねると、彼女は生意気そうに、しばし見ていたが、
「悪くはないわ、少し高そうね。」と、陳列の帯がすだれ[#「すだれ」に傍点]のように垂れている中に、首を突っ込んで、値段を調べた。
「七十七円だわ。袋帯にしては高いのね。」と、もどって来た。
「これがいい、これに定《き》めましょう。」傍に立っているショップガールを、眼でさし招くのを、美和子が、
「あら、お買いになるの。お姉さまいいわねえ。」と、云った。
前川は、今日は夫人が、長唄のお稽古に行っているので
前へ
次へ
全429ページ中292ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング