つらえたいし、ヴァニティ・ケースもほしいのよ。」と、買ってもらうにも、自分の趣味は、主張しようとする。
「じゃ、お好みのものを。とにかく、松屋で、お姉さんに上げたいものを、見立てて頂いてから。」
「おお、うれしい。とても素晴らしい。でも、お姉さまの方が、私よりズーッと幸福だわ。」と、云った。

        六

 三階の呉服売場へ、真直ぐに行こうと、自動車を降りると、人混《ひとごみ》をわけて、真直ぐにエレヴェーターの方に歩き出す前川の後から、チョコチョコと美和子が、追いかけて来て、一しょにエレヴェーターに乗ると、前川がためらいもせず、
「三階!」と、命じる背中に、美和子は混んでいるので、蝉のように、くっついたまま、
「前川さん、女みたいに、よく知ってらっしゃるのねえ。」と、低くささやいた。前を向いたまま、前川は苦笑を浮べていた。
 もう九月の二十日過ぎで、百貨店には、ボツボツ秋の新製品の陳列で、単衣物《ひとえもの》の良いものなど見当らないばかりか、いつか綾子夫人と一しょに来たとき、新子のために目星を付けておいたお召の単衣など、ショウ・ケースから姿をかくしている。前川は、うず高く積ん
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