かった。前川が置いて行ったカナリヤの籠に面してぼんやり立っているうちに、なぜかしら寂しくなって、新子はぼんやりと涙ぐんでいた。
五
二人ぎりで、鋪道を歩いて行くと、さすがに美和子は話がないらしく、カツカツとハイヒールの靴音を立てて、おとなしく一歩後からついて来た。
快活で、こだわりのない、こんな妹が新子にあることは、いろいろ好都合だと思った。第一、この妹にねだられるのを口実に、毎日スワンへ通うことだっておかしくないし……。
この間中から、新子がお召の着物に、ハイカラな縞の博多帯ばかりをしめているのが気になっていた。よく似合うし、趣味も悪くはないが、あまり同じものをつづけているので……。何か新しい着物を贈りたい、と思いながら機会がなかったが、今日妹と歩くのは好都合だ。妹に何か買ってやるのを、キッカケに、新子に新しい着物を買おう、そうすれば自然でいいと、万事綺麗事好みの前川らしい考えが、胸の中に浮んで来た。
「お腹とても空いているのですか。」と、後へ微笑《ほほえ》みかけながら訊くと、
「ええ、ペコペコよ。」
「百貨店《デパート》の食堂なんか嫌いですか。」と云うと、
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