たが、前川は冗談に、
「パパは、ひどいでしょう。」と、抗議すると、
「だって、美和子の覚えているパパは、前川さんくらいだわ。ねえ、お姉さま。」と、姉の気持などおかまいなしに同意を求めた。
四
新子は、ますます不機嫌になって、
「そんなご迷惑なことを云わないで、早くカットにいらっしゃい。熊の子みたいな頭をして……」と、美和子を追い立てにかかったが、美和子は立ち上ろうとはせず、
「独りで、何か喰べるくらい、つまんないことないわ。お姉さま、一しょに行ってよ。」と、ねだるのを、前川は、取りなして、
「じゃ、僕も、会社へ帰る途《みち》だし、昨日《きのう》サービスしてもらったお礼に、ちょっとつき合いましょう。」と、前川は立ち上った。そうした前川の親切気を妨げる手もないので、新子はだまっていた。
「ああ! 嬉しい。」美和子は、もう馴々と、前川の側《そば》へ立ち寄っていた。新子は、妙に胸騒ぎを感ぜずにはいられなかった。
美和子の心は、まるで水銀のようである。美沢の美貌と芸術家であることに魅せられて、フワフワと恋愛したように、今度は前川のありあまる物質を背景とした中年の紳士姿に、
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