べ》私とちゃんとお約束なすったのに……」長い睫毛《まつげ》を、しばたたきながら、詰った。
「ご免なさい。今日は、都合がわるいから、改めて約束の仕直しをしましょう。明日きっと来て、あなたのサービスぶりを拝見いたします。」と、やさしくいうと、すぐそれに甘えて、
「じゃ、もうお帰りになるの。」と、訊いた。
「ええ、僕ノウ・ハットだから、会社へ、帽子を取りに行かなければ……」
「あら、帽子なんかいいじゃありませんか。今晩、いらっしゃらない罰に、これから銀座で何かご馳走して下さらない。私、あわててお家で、何も喰べて来なかったの。お腹、ペコペコなの。ねえ、お姉さまも、一しょにお出かけになるでしょう。」
「何を云っているの。前川さんにご迷惑なことを云っちゃ。」
美和子が、前川に対して、あまりに無遠慮なので、新子が真面目な表情をしてたしなめると、美和子はケロリとして、
「お姉さまは、前川さんと歩くのおいや? 何とか云われやしないかと、心配なんでしょう。私は、平気だわ。私は、前川さんと一しょに歩いたって、伯父さんかパパのようにしか見えないんだもの。ね、そうじゃありません?」新子は、不愉快になってだまっ
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