になって! これは驚いた。」と、前川はびっくりして、美和子を見直した。
「だって、私はどこの方だか、分らなかったんですもの。お姉さまのお世話になっている前川さんだとは夢にも知らなかったんですもの。すみません、どうも。」と、早くも別なウソをつく円転自在な美和子に、姉は心の中で、何かしら油断のならぬ気がした。

        三

 いきなりはいって来た美和子をたしなめる気持も手伝って、
「貴女、こんなに早く何しに来たの?」と、新子が詰《なじ》ると、
「カットが、こんなに伸びちゃったんだもの。美容室に行くの。」と、前川に愛らしい笑顔を向けて、ちょっといいよどみながら、新子の耳に口を寄せ、
「それで、お姉さまに、お小遣を頂きに来たの。お小遣じゃないわ。二日間のお給料としてでもいいわ。」と、前川にも聞えるように囁いた。新子は、苦笑しながら、
「もうそんな……」といいながら、五円札を出してやると、わるびれもせず、ハンドバッグをパチンと聞けて、中に入れて、今度は前川の方へ向いた。
「晩に、またいらっしゃるでしょう。」
「いや、晩には来られません。」
「いけないわ。嘘をおつきになっちゃ、昨夜《ゆう
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