前川は、カーテンを開いて、出窓の上に鳥籠を安定させると、新子を振り向いて、何と云うことなしに微笑した。
新子も同じように、微笑しながら、この世に幸福を盛る器があるとすれば、自分はその中にいるような、晴々したのどかな気持になっていた。もっとも、その器の中にいるだけで、ほんとうに幸福であるかどうかは、別問題であったが……。
二
しかし、そうした幸福感が、間もなく妙に新子を切なくした。なぜといえば、前川は、小さい椅子にかけて、葉巻をくゆらせながら、開店景気とはいえ、この二日間の売上げの好かったことを話し、でもこれが当分続くとしても、やがて常連だけになり、そこで初めて店の収入が決まるというような、その場合の新子の気持とは、およそそぐわない話をし始めたからである。新子は味気《あじき》なく、物足りない気がして悲しかった。
「会社の方、まだお仕事があるんじゃございませんの?」
「いや、別に。帽子やステッキを持ってくれば、会社へ帰らなくってもよかったんです。でも、今日は六時までに、家に帰らなければ……」
「祥子さんや小太郎さん、お元気なんでしょう。」
「ええ、しょっちゅう、貴女
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