。だから、今日も美和子が、(一しょに行く)などと云い出さない内に、サッサと家を出かけてしまいたかった。どこからか聞えている昼間の演芸放送が、ニュースに代りかけても、美和子は起きて来なかった。
銀座へ来たのは、一時半を過ぎていた。店には、もう前川が、会社のひまを盗んで来たらしく、帽子も被《かぶ》らず、やって来ていた。
「お待たせしました。」
「いや、僕も今来たばかり……」と、右手に持った金属性の鳥籠を、どこへ置こうかと、部屋を見廻していた。
「まあ。カナリヤですの……可愛いこと。」
「いま来がけに、そこでフラフラと買っちゃって、水盤の上へでも吊ろうかと思っているんですが……」
「可哀想ですわ。お店じゃ。夜更しをして、煙草にむせて、お酒に酔って……」
「じゃ、貴女《あなた》のお部屋にしますか。」
「ええ。」と、新子が手を延ばして、籠のてっぺんを持とうとすると、
「僕が、持って行って、上げますよ。ウッカリ持つと、水をこぼしちまう……」と、前川は籠をぶら下げて、新子の部屋へ上って行った。新子も後に従って行った。カナリヤが、籠の中で怖れるように、忙《せわ》しなく短く、鳴いている。カラリカラリと
前へ
次へ
全429ページ中282ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング