え。あした来て下さる?」と、甘えかかった。
「ああ来よう。」
「きっとね。私六時までに来ているわ。」戸外まで送り出して、前川の肩を、「サヨナラ。」と云って、軽く叩いた。
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掻き乱す者
一
二夜、夜更《よふか》しが続いたので、朝は深い眠りで、明るくなったのにも気がつかず、新子は、十一時半頃、やっと眼を覚した。傍の美和子は、まだ綺麗な寝顔で、しんしんと眠っていた。枕元に、美和子宛の速達が来ていた。表書《おもてがき》の筆蹟が、努めて違えてあるようだが、どこか、美沢のそれらしかったが、裏を返しては見なかった。新子は、美和子を起してやろうと思ったが、止してしまった。
昨夜、お店で前川がご不浄に立ったとき、(明日二時、ちょっと来ます)と、行きずりに囁《ささや》いたので、早く店へ行かねばならず、大急ぎで化粧をした。
姉の幸福は、自分もちょっと噛《かじ》ってみねば、気のすまないような美和子に対して、新子はある煩わしさを覚えていた。美和子が、毎晩のように、お店に現われると、結局美和子が、バー・白鳥《スワン》に駕《が》する王女になってしまうような気がした
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