ないのに、聴かせるものですか。」
「じゃ、酔ったらきかせてくれますか。」
「ええ、そして毎晩、お店へ来て下さるというお約束をして下さらなければ……つまり、どうぞゴヒイキにということなのよ、分って……」と、冗談ともつかず、真面目ともつかず、美和子はペコリと頭を下げた。

        六

 いかにも、あどけない少女らしく見えていて、男心を捕えるのに妙を得て、奔放自在、しかもどっかに才気の閃きを見せて艶冶《えんや》である、こんな少女を、一体どこで見つけて来たのだろうと、前川は感嘆しながら、心の底まで楽しくなっていた。二人の連れの一人が、前川を先生と呼ぶのを早くも聞き覚えて、
「ねえ。先生、グウ、チョキ、パッをしない?」と、可愛い握り拳を出した。
 子供のやる気合ゲームで、相手がグウを出せと云ったら、それに誘われないように、チョキかパッを出さねばならない。
 前川は、小太郎や祥子の相手をさせられているだけに、
「グウ、キョキ、パッよろしい、君なんか一ひねり……」と、自信を以《もっ》て始めたが、アッサリ美和子に負けてしまった。
「じゃ、僕と……」連れの一人が代ったが、これは前川より、もっと
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