たよし子に、
「ウィルキンソンにコップが三つ、ぶっかきを入れて、持って来て頂戴!」と、いった。やがて、よし子が運んで来ると、
「貴女もいらっしゃいね。」といいながら、
「私も十六ミリだし、貴女も小型だもの、ここへ二人かけられてよ。」と身体全体で、前川をグッと押した。無遠慮で乱暴だが、しかし色っぽく艶《なま》めいた仕草だった。前川は、ウィスキイと炭酸水とを別々に、口に運びながら、
「君達二人とも、初めて?」と訊ねた。よし子は、温順《おとな》しく眼を伏せて肯《うなず》いたが、美和子は、
「そうよ。ここのマダムも初めてよ。お店も新しい、ホラ唄にあるじゃないの……」
「唄にあるって……」前川は、陶然とした気持に、揺られながら、訊き返した。
「ええ、船は新造で、船頭さんは若い、河は新川、初上りって……」
「へえ――、しゃれた唄を知っているんですね。」と、これは前川よりやや年若の連れの人が、それまでマジマジと美和子を眺めていたのが、初めて口をきいた。
「ええ、唄なら大抵知っているわよ。音楽家よ、わたしは……」
「何か歌って下さいよ。」
「いやよ。私『歌わせてよ』じゃないわよ。まだ、お酔いになってい
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