「まだ名前、ついてないの。多分ミミということになるでしょう。」
「本当の名は……」
「只《ただ》では教えない! ここイかけさしてね。」
 独りでかけている前川の隣に、ぴったり寄り添って腰をかけると、そっと自分の連れのいる隣の席へ、(どうです?)というような意味のこもったウィンクを送った。

        五

 いきなり、脇へ腰をかけられた前川も、二人の連れも妖精じみて、美しい少女へ、マンジリともしない眼を向けていた。
 美和子ぐらいの年頃の、まだ場所馴れしない娘であったなら、こうも男達の視線を、ジカに自分の上に集められたら、気怯《きおく》れしてはにかんでしまうに違いない。美和子も、少し心臓の鼓動がはずんでいるが、かの女はそうした自分の気持を、速やかに言葉に表せる、開放的な性質を持っている。
「いや、そんなにご覧になっちゃ。テレてしまうわ。」と、ウィスキイの注がれたリキュールを、前川の方へ、押しすすめた。
 前川は、一口なめるように舌の上へ落すと、喉が乾いていたところなので、カーッと味の解らないほど、口全体が熱くなった。
「炭酸水をもらおうかな。」
「はい。」美和子は、側に来かかっ
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