傍に飛んで来て、耳の後《うしろ》で、
「お姉さまのあの人来ているわよ。」と、いや[#「いや」に傍点]な云い方をするのを、
「何を云ってるの。貴女《あなた》、お連れがあるから、つまらないこと云っちゃダメよ。」と、たしなめると、
「心得ていてよ、私、妹だとも云わないわねえ。女給のような顔しているわよ。ステキ、ステキ!」新子が、重ねて注意をしようと思う間に、美和子はもう、バーテンからウィスキイの壜とリキュールと落花生とをのせた銀盆を、すまして前川の席へ運んで行った。
このような、男性を相手の「酒場」になぞ持って来ると、美和子はいよいよ天成のコケットだった。幼い時から、お伽話と実際の差別がつかなかったり、人前に立ってワイワイもてはやされると、いよいよ有頂天になる性質は、たちまちその本領を発揮して、人に対する奉仕というようなものでなく、彼女自身がその空気の中に溶け込んで、浮《うか》れ出してしまうのであった。彼女の楽しさが即ち男を喜ばす言葉や仕草となって現われるのであった。前川が新子の妹だとは、到底気がつかないほど、彼女の女給ぶりは板に付いていた。
「君幾つ!」
「十八……」
「何て云うの――」
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