物の倒影が、クッキリ落ち、行きずりの人の顔など、眩しいほど、鮮《あざやか》に見える。バサバサと葉の茂った街路樹に、生あたたかい風が、ゆるゆると当る、季節|境《ざかい》の荒模様の夕暮であった。
「家が落成しましたから、見にいらっしゃい。六時頃なら、僕も行っています。」と、今朝準之助氏から電話がかかって来た。
銀座の表通りから二つ目の裏通りの新橋寄りで、芸妓屋が二、三軒並んでいる場所で、うり貸家の紙が、斜《ななめ》に貼られてあった家を、(ここですよ)と、一度見せてもらったぎり、落成するまでは見に来ないで下さい、という準之助氏の言葉を、堅く守った故、どんな家になっているか、少しも想像がつかなかった。ハッキリ覚えていた場所を、円タクの運転手に教えたが、そこへ行ってみると、危く通りすぎそうになって、
「あ、ここ、ここ。ここだったわ。」と、思わずはずんだ声を上げてしまった。
周囲が周囲だけに、モダンな表構えの家が、劃然《かくぜん》と目に立っていた。見るからに、南欧風の明るく小ぢんまりした構えで、扉は何か作りつけているらしく、開け放たれて、紺の半纏《はんてん》を着た男が、ばしょう[#「ばしょう」
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