れる。
 とは云え、美沢に対しては、よい気持はしなかった。余りにも、たやすく見替えられたわれとわが身が憐れまれ、その打撃に無神経になるまでには、相当長い時日がかかると、覚悟しなければならなかった。覚悟の土台を築くために、自分で自分の傷を癒《なお》すために、新子はいよいよ決心した。
 もう母にも相談しなかった。新子は、簡単に、前川氏へ、

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先日は失礼致しました。帰宅致しまして、いろいろと、思案致しました。厚かましく、万事おすがり申すことに決心致しました。何分よろしくお取計らい下さいませ。
妹は、この秋に、結婚致すかもしれません。私も自分本位の生活が致しとう存じます。私は「酒場」の名を、いろいろ考えております。
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[#地から2字上げ]新子

 その返事は、その翌日、速《すみや》かにもたらされた。

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――お手紙拝見、先日お別れしてから、知人に、適当な場所や家を探してもらったりしておりました。銀座裏に、芸妓《げいしゃ》家の売家があること、……しかし、貴女からのご返事があるまでは、空《くう》なものでありましたが、お手紙ですっ
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